量子論の二重スリット実験を分かりやすく言うと

量子力学の考え方を伝えるだけだったら、別に特定の物理現象を使う必要がないから、現実世界風な設定でやってみよう。

こんな実験を考えてみる。

2つの部屋A,Bがある。被験者はどちらかの部屋を選んで入る。Aの部屋ではヒントAを、Bの部屋ではヒントBを受け取ることができる。ヒントAに従って進むと出口Aに、ヒントBに従うと出口Bにたどり着くことになる。しかし、ヒントAとヒントBを合わせるとそれが特別なヒントCとなり、出口Cに辿り着くことが出来る。

被験者をたくさん用意しておいて、一斉にスタートさせる。

実験その1
部屋Bのドアを閉じておいた。
被験者は全員出口Aにやってきた。
これは当然の結果で、Bに入れないのだから被験者たちはAに入るしかなく、したがってヒントAを得て、出口Aに至ったわけだ。

実験その2
逆に部屋Aのドアを閉めておくと皆出口Bに辿り着く。

実験その3
どちらのドアも開けておく。
すると皆出口Cにやってくる。

古典論の解釈。
Aを出た被験者とBを出た被験者が情報を共有して、Cに辿り着いたのだと考える。

実験その4
相談出来ないように1人ずつスタートさせてみる。
同じ結果になる。(皆出口Cにやってくる。)

被験者はヒントAかヒントBのどちらかしか得られないはずなのに、一体どうして出口Cへ辿り着けるのか。
古典論では中々分からない。

量子論での解釈
状態の重ね合わせと考える。
つまり、「被験者が部屋Aを通った状態と部屋Bを通った状態のどちらも実現している(=重ね合わされている)状態になっている」と考える。(重ね合わせの原理
被験者はAを通った自分とBを通った自分とで情報共有をすることでヒントCを得て、出口Cに辿り着く。

博士「お前は一体何を言ってるんだ!?

出口で被験者に「部屋AとBのどちらを通りましたか?」と聞いても、誰も何も答えない。

きっとスタートから出口までの間で何かが起こっている。
一体途中で何が起きているのか突き止めてやる! と、被験者の後をつけてみる。
すると被験者は確かにAかBのどちらかの部屋を選んで入り、そのまま出口A or Bにたどり着く……

あれ?

後をつけた場合とつけない場合で結果が変わる!

そうか、監視していることを気が付かれたのか。

しかし、どれだけ慎重に後をつけてみても、被験者が出口Cに向かうことはない。

一体どうなってるんだ?と悩む博士を見ながら、量子論を勉強した学生はケタケタ笑う。

先生、あなたも頭が硬いなあ!
本当は」途中で何が起きているかなんて、どうだっていいじゃないですか!
量子論で、重ね合わせの原理で、実験結果はちゃーんと説明出来るんですから!

                      <終わり>

……とまあ大体こんな感じ。

この話の中心は「被験者がどうやって一人で部屋Cにやってこれたのか」を説明することである。
量子論では重ね合わせの原理で説明するが、これは受け入れるには中々常識はずれである。(だから古典論で説明しようとする試みもある。)
しかもずるいのが、重ね合わせの原理を証明(あるいは反駁)しようとして、途中の状態を見ようとしてもそれが出来ないことだ。
量子論は、それが監視の仕方の問題なのではなくて、原理なのだと言う。つまり被験者に気が付かれることなく、監視をすることは、たとえどんな巧妙な監視方法を用いたとしても、不可能であるとする。
こうなると、途中の状態というのは知りようがないのだから、どうでもいいということになる。
大切なのは、実験の結果を説明できる解釈なのであって、それが「本当に」正しいかとか、間違っているとか考えることに意味がないというわけだ。

重力という「力」を仮定すれば、天体の運動を説明できると言ったニュートンには、当時反対派が多かったらしい。
そのような得体のしれない「力」なる概念を理論に導入していいはずがない……ということだった。
量子論における重ね合わせの原理も、似たようなことなのだろうか。

量子論を信じるか信じないか、それは全く自由です。

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